虫と海パンと信じる力

草地の上に白い雲と青空

 ごきげんよう。
私は虫と掃除、洗濯が大の苦手だ。今日は私のように虫が苦手で掃除や洗濯をサボっていると必然的に人生のどこかの段階で海パンで社会生活を営み、そしてひとを信じる力がうまれる、というその理由を語ろうと思う。

穏やかな日常

私の場合、それは今から10年ほど前の夏だった。その年の春から九州の田舎(実家)から京都に出てきてひとり暮らしを始めた私の部屋はまるでゴミと汚れた衣類が宴会開いたようなデカダンス。台所もめちゃくちゃなもので、冷蔵庫をひらくと新たな生命の誕生かと見紛う(みまがう)かつて「食べ物」だった何かが転がってる…
大の虫嫌いを宣言しておきながら、そんな暮らしをしていたら当然のごとく罰が当たる。

モノでごちゃごちゃになった机の上

襲来、そして家出

それはいつもそっと、唐突にやってくる。一瞬、見えたようで捉えきれない。そして次の瞬間…

「ぅええっ!!何か動いたぁあ!」

他に誰もいない虚空にむかって悲鳴をあげるも時すでに遅しである。ゴキブリさんの姿を確かに認め、パニクりながらもすぐに部屋から逃げようとする私。ゴキブリさんを刺激せまいと恐怖におびえながらも息を潜めて玄関に辿り着いたとき、私は想像を越えた罰の厳しさに震えた。
玄関にはムカデが待ち構えていたのだ!
この絶体絶命感ハンパない状況で、今までにないほど頭をフル回転させながら逃げ道を模索する私。
結果、ベランダから外へダイブして脱出に成功した(一階の部屋で良かった)。しかし怖くて帰ってこれずそのままおよそ二週間の家出生活を余儀なくされることになる。

安心してください、はいてます

家出した私は当時入っていたサークルの部室みたいな部屋に転がり込んだ。食事や風呂は(比較的安い)学食に(無料だった)体育館のシャワーと使えばそれほどお金をかけずに何とかなる。
困ったのは着るものだ。特に毎日いっぱい汗をかく夏。家出からずっと同じ服を毎日着るのはちょっと辛い。でも、怖いから部屋に取りに戻れない。これこそジレンマというやつである。
さて、どうしようかと悩むもつかのますぐに名案が生まれたのだ。

海パンがあるじゃん。

海パンなら下着をはかなくても大丈夫だしそのまま洗える、しかも濡れたままでもはける。
我ながら名案すぎる。
そうやってその夏は上は下着のランニングシャツ(100円均一)、下は海パンというスタイルが決まった。

パンツだけの小さい男の子の後ろ姿

信じる力

読者のみなさんは思うかもしれない。
ひとの目が気にならないのか、と。
確かにピタッとした海パンだと、それで街を出歩いたり授業を受けるのはちょっと気後れするけれども、ハーフパンツみたいなタイプだとどうだろう。
きっとひとはそれを「あれ??海パン?まさかねー、ハーフパンツだよね」と思い込んでくれるのではなかろうか。
上も100円だから薄い生地のランニングシャツの下着ではあるけども、これにしたって「え??下着?まさかねー、タンクトップだよね」と思い込んでくれるのではないだろうか。
そうだ、私は信じることにしたのだ。
常識にとらわれ、常識の囚人となった現代日本社会のしかも大学に所属するようなエリート集団はきっと錯覚を起こすはずだと。事実、その夏私は一度も教室でも、街角でも「もしもしー、それ下着のランニングシャツと海パンじゃないですか」だなんて声をかけられたりはしなかったのだ!
だから皆さんにも忘れないでもらいたい、信じる力を。

おわりに

あの海パンの万能性と信じる力の大切さを学んだ夏から5年ほどたった頃、友だちに呼ばれた宴会ではじめてあったひとたちにこの話を披露したことがある。
そのときに初対面だった誰かが口にしたセリフを私は忘れない。

「え、君があの海パンのひとだったの!」

えっ?うそーん!
………
………
………
なるほど、教訓の一つは裏切られたのかもしれない。でも、もっと大事なことを忘れないでおこう。何を着ようがほんとは自由なんだ。変な目でみてくるひと、見た目で態度を変えてくるような人はキッとにらみ返して、縮こまらずのびのびと生きようとする自分を一番大事にして信じてあげようではないか。

むりやりなんとなく良い話にまとめたところで、またお会いしましょう。

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