河原が燃えた! ロケット発射と逮捕の日。

三日月

アポロと僕たちのロケット

僕が小学生高学年だった頃、友達の一人が模型店でロケットを買った。
うらやましかった。
結構な値段なので、お金のない子は買えない
直径約2センチ、長さは20センチくらいの小さなものだが、 ケロシンを燃料にほんとに空を飛ぶらしい。もう一人友達を誘い三人で近くの長良川の河原で打ち上げ実験をすることになった。

この年1969年7月にアポロ11号が月面に着陸した。
人類初の月面着陸に日本中、いや世界中が興奮していたと思う。
人が初めて月に降り立つところを見ようと、みんながTVの前にかじりついていた。小学校でもアポロブームは凄まじかった。
そんな興奮状態の中、僕たちはついにロケットを手に入れた。
僕のモノではないけれど・・・・、しつこい!
とにかく飛ばしたい、空へ向けて、宇宙へ向けて飛ばしたいと、放課後、河原に走った。
ロケットはロケット花火とは違う。全然違う。ボンジョビと盆提灯ぐらい違う。だから打ち上げ準備は緊張した。無人ロケットとはいえ僕たちは打ち上げクルーなのだ。

宇宙に向かうロケット(ソユーズ号)

手順を確認し分担を決める。燃料のケロシンをタンクに充填する役、ロケットに点火する役、近くに人がいないか確認する役。たった3人なのでこれだけなのだが、とにかく初めての打ち上げだ。各人がしっかりと役割を果たさなければ成功すらおぼつかない「ミッション」なのだ。
広い河原には僕たち3人だけ。安全性は確保されているな、と勝手に決め込み、秒読みが始まった。
アポロの影響でカウントは英語だ。
テン、ナイン・・・・スリー、ツー、ワン、ゼロ!
導火線への着火・・・成功。


しばらくするとシュ〜〜と噴射が始まり、直後にキュイ〜〜〜ンと甲高い音を発しながらロケットは空に向かって飛び出していった。どれくらいの高さまで飛んだかは分からない。分からないが相当飛んだと、僕らは思った。いや思いたかった。初のロケット打ち上げ実験だから、成功だったと自慢がしたかったから。
ロケットの回収は簡単だった。わりと近くに落ちてきたからだ。まだ熱くて触れそうになかったが、回収までできたことに僕たち三人は満足していた。
“やったぞ”、と。“僕たちはやってのけたぞ!”と。
日は暮れかかり、夕ご飯の時間だからとみんな家路を急いだ。

打ち上げ実験2回目

翌日の小学校で、僕たちはクラスのみんなにロケット打ち上げの話をした。
いや自慢げに吹きまくった。
この成功はみんなを興奮させた。話がどんどん広がり他のクラスからも人がどんどん集まってくる。集まってくるのは男子ばかりだったが・・・。
ガキ大将的なやつも来た。子分達を集めて次の打ち上げに参加したいそうだ。二回目はいつにしようかという話になったとき、ガキ大将が言った。
「今日やるに決まっとるがね」と。

その日の放課後、総勢で15~6人にふくれ上がった小学生達が河原に集まった。昨日に引き続き2回目の打ち上げだ。もう実験ではない。堂々たる2回目の打ち上げだ。最初に打ち上げを成功させた僕たちは、ちょっと偉そうにみんなに手順を説明する。今日は僕たち第一回目の打ち上げメンバーは監督官だ。実際の打ち上げは二人も入れば十分なので、他は周りで見守るだけ。いよいよ打ち上げの秒読みだ。今回、新たに火付け役に任命されたガキ大将の子分が、恐る恐るマッチに火をつける。ところが、火がつかない。
「風が強いでいかんわ」と言いながら再びマッチをするが火がつかない。
やっと5回目くらいで導火線に火が燃え移った。
いよいよ発射だ!誰もがそう思ったとき、強い風が吹いてロケットはいとも簡単に倒れた。
コト・・・?!
僕たちがいる方向に倒れながら、あのシュ〜〜という噴射音が響く。
ワァ〜〜という声が上がり、とたんに僕たちはパニックに陥った。こちらに飛んでくる。やばい!! とにかく逃げた。みんな逃げた。しかし振り返ってみるとロケットはその場で激しく回転をしているだけ。みんなが見守る中、やがて回転は弱まり止まった。
みんながホッと安堵する中、「もう一回」と声が響いた。同じ町内に住む同級生Uちゃんだった。Uちゃんは恐れを知らない子供なのだ。金華山ドライブウェイの頂上から、自転車でフルスピードで駆け下りるのが何より好きな子で、日曜日は一緒に毎週通った。僕のほうがスピード狂だったのだが・・・
とにかくもう一度、ということで発射は仕切り直しとなった。こんどはあっさりと成功したのだが、ロケットは斜めに飛んでどこかに消えた。川を超えて遥か遠くに着地したのは間違いないのだが、遠すぎて誰も探そうとしない。ロケットの持ち主ですら、「もういいい」といってあきらめていた。

それからどうなったのか

2回目の失敗のインパクトが強すぎて、みんな脱力状態に陥っていた。そんな状態を見て、健気にもみんなを元気づけようとした奴がいた。
「たき火しよう」
その一言で、まるでロケット打ち上げなどなかったかのように、枯れ木拾いが始まった。人数が多いだけに枯れ木はすぐに集まり、火がつけられた。
最初はたき火を囲みながらみんなで馬鹿話をしていたが、何しろ風が強い日だった。火はあっという間に大きくなり、近くの枯れ木や草に燃え移った。それでも足で踏めば消せる程度なのだが、ここで一つの提案をした奴がいた。彼の名はM。普段から自分は物知りだと自慢したがるイヤな奴だ。その後、みんなの語りぐさとなる彼の一言が発せられた。
「燃えているとこに、燃料ぶっかければ爆風で火は消える」と。
今から考えれば、そんなはずはないだろうと思うのだが、みんな真に受けた。ちょうど燃料のケロシンを持っていた子も、たぶん何も考えずにぶちまけた。
ザッ・・・・・、ヴワァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
火は消えるどころか、あっという間に堤防の斜面全体に燃え広がっていった。
アア・・・もうどうしようもない。
まさかの事態、アタマ真っ白!
僕たちにできることは、ただ呆然と眺めることだけだった。

燃えさかる炎

それからしばらくして遠くからカンカンと鳴る音が近づき消防車がやってきた。続いてサイレンの音も聞こえパトカーもやってきた。河原から燃え上がる煙を見て、誰かが通報したのだろう。
消防車からホースが伸ばされ、消火活動が始まった・・・・。
堤防は野次馬でいっぱいだった。

その後、全員が近くの交番に連行された。
「みんなの指紋とるでね。全員、名前と住所と学校を教えて」
警官の声が交番の中に響いた。僕もみんなも顔が引きつっていたに違いない。
今から思えば、逮捕ではなく補導されたのだろうが、そのとき僕たち自身は間違いなく逮捕だと、と思っていた。これで人生が終わってしまったと思った。学校に知られ、親に知られ、鑑別所に入れられるにちがいない。
泣き出す奴もいた。「お母さんには言わんといて」と懇願する奴もいた。その中でMは一人だけ無罪を主張した。
「僕はやってません」「僕は火をつけてません」と。
“Mの奴め、自分だけいい子か”と、みんながそう思ったかは分からないが、僕はそう思った。僕自身はすっかり観念してしまい指紋押捺に応じた。これで犯罪者の仲間入りだ。
朱肉に指をつけ、紙に押し付けた感触は今も覚えている。
小学生で人生が終わった・・・
「もう今日は家に帰りなさい」と警官から言われ、全員が釈放された。

親には何も言わず、翌日学校に行った。先生からも何も言われないまま一日が過ぎた。親からも何も言われない。翌日もその翌日も何もない。一週間を過ぎても何も起こらなかった。警察から通報は行かなかったのだ。今から思えばのどかな時代だった。助かったと思った。

一カ月後、教室に文集が回覧されてきた。隣のクラスの文集だった。ぱらぱらとページをめくるとUちゃんの作文が載っていた。Uちゃんは同じ町内の子で、ロケット&火事事件の時も一緒だった子だ。
タイトルは「堤防の火事」
当日の一部始終が詳細に書かれていた。ありのままに委細もらさず。読んでみるととんでもなく面白い。もちろんMの一言「ぼくはやってません」も書かれていた。ざまあみろ!
しかし一瞬にして、事態は変わってしまった。
翌日の学校ホームルームで関係者全員が立たされ、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。
しかしなぜか心は爽快だった。
「Uちゃん、馬鹿だけど勇気あるなあ・・・」

おわり。

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