平和のために国の一大秘密を世界に知らせた男ヴァヌヌ 18年も獄中生活に

核爆弾のきのこ雲

オバマ米大統領が世界の核を削減すると宣言している。でも、それってどうなの?米国自身が核兵器を持っているでしょ?自分のところから始めないと説得力がないわよね。というわけで、

今のところ世界で核兵器を持っているのは
・ アメリカ合州国
・ロシア
・フランス
・英国
・中国
・インド
・パキスタン
・朝鮮民主主義人民共和国(持っていると主張)
・イスラエル

となっている。このなかでも特殊なのがイスラエル。世界中が「持っている」と知っているのに自身は持っているとも持っていないともハッキリさせないという態度を取り続けている。

でも、他国は「核を持っている」ことを確信している。そのことを知らせた男性がいたからだ。

国の機密を暴いた男

イスラエル国籍のユダヤ人、モルデハイ・ヴァヌヌさんはイスラエルの核研究施設の職員だった。

ユニークな経歴のひとで、モロッコに生まれ、一家でイスラエルに移住。軍に入ったり、大学に幾度も入ったり、世界のあちこちを旅したり、ひとところに落ち着かない生活をしてきた。イスラエルが起こしたレバノン紛争を批判し、アラブ人とユダヤ人からなるグループも作ったりした。核施設で働くようになってもアラブ人とユダヤ人の平等をもとめる運動に参加して、尋問を受けている。
この頃、ヴァヌヌさんはすでにイスラエルという国のあり方にハッキリと疑問をもっていたんだろう。そして、1985年に核施設にカメラをこっそり持ち込んで57枚の写真を撮った。

イスラエルの地図

中央にあるディモナが核施設の場所。地中海に面した南がアシュケロン刑務所の場所。

その後、核施設を退職したあとも世界各地を放浪(国名を書くときりがないので省略)、最終的にオーストラリアにたどり着いて、ユダヤ教徒からクリスチャンに改宗した。

宗教をあいまいにしか持っていない人間からすると「改宗」というのがどういう重みなのかあまりわからない。けれど、改宗は人生の一大事件だ。とくにユダヤ教を捨てるのはユダヤ人にとって決定的なことになる。というのはユダヤ人≒ユダヤ教徒であるから。ヴァヌヌさんはユダヤ人であることもほぼ捨てた。

そして、1986年自分が撮った核施設の写真を英国の新聞社に持ち込むことになる。

核の暴露と「甘い罠」作戦

この頃、世界では「イスラエルが核をもっているのは確かだが、その決定的な証拠がない」という状況だった。

そこに持ち込まれたヴァヌヌさんによるイスラエル核保有の決定打となる写真と証言はセンセーションを巻き起こした。どこが核を保有しているかというのは、世界にとって重大な意味をもつ。イスラエルが約150発分の核兵器を持っている「動かぬ証拠」がこれで確認された。

ところがヴァヌヌさんはどうしていたかというと、新聞にスクープが出るまえにアメリカ人観光客の「シンディ」という女性と仲良くなり、彼女に誘われてイタリアへ渡った。

海に浮かぶ船

この女性は世界でも有名なイスラエルの諜報(ちょうほう)機関モサドのメンバーで、ヴァヌヌさんは罠(わな)にはまったのだ。こういうのを「ハニー・トラップ」という。まるで007やスパイものの映画の世界だ。

イタリアに着いたヴァヌヌさんは屈強な男たちに身体をおさえられ、クスリを打たれて意識不明となり、船に乗せられて秘密のうちにイスラエルに送られた。英国でこの作戦が行われなかったのは、イスラエルが英国との関係を気にしていたからだといわれている。ま、これは誘拐という犯罪行為だからね。

皮肉なことに英国の新聞にスクープが出たとき、ヴァヌヌさんを乗せた船はイスラエルに到着した。

18年の刑とギネスブックに乗った独居房

拘束されたヴァヌヌさんは秘密裁判にかけられた。「核をもっている」ことをおおやけにできないイスラエルは「核をもっていることをバラした」ということもおおやけにできない。とはいえ、すでに誰もが核のことを知っていたのだけど。秘密裁判は「秘密保護法」の場合と似たようなもので、何がどう審議されているのかが知らされない。

ヴァヌヌさんはもちろんマスメディアとの接触も禁じられた。しかし、彼は自分の存在を外に知らせた。護送車の外へのすき間からてのひらを外に向け、そこにこう書いたのだ。

“Vanunu M was hijacked in Rome. ITL. 30.9.86, 21:00. Came to Rome by fly BA504.” (原文:ヘブライ語)

たまたまこのてのひらの写真を撮っていたカメラマンが文字に気づき、拡大してみるとこの文字があった。そして、ヴァヌヌさんが無理やり連行されてきたことが明らかになった。

ヴァヌヌさんは秘密裁判の結果、反逆罪とスパイ罪によって18年の実刑を受けた。ただ、それだけではない。そのうち、11年間、独房に入れられるという処置をされた。この11年というのは独房にいたギネス記録らしい。

そもそもヴァヌヌさんのしたことは犯罪なのだろうか。
もし、どこかの企業がひみつのうちに核兵器を作っていたり、1滴で数百人もを殺せる化学兵器を作っていたとして、このことを知っている社員がその深刻さにおののき、世間に事実を公表するとしよう。企業がどういう法律で裁かれるかは不明だが、この内部告発をしたひとは法律で守られることになっている。ヴァヌヌさんは英語では「Nuclear whistleblower」(核の告発者)と呼ばれているが、この「告発者」に当たる単語の元の意味は「whistle ホイッスル」(笛を)「blower ブロワー」(吹くひと)、つまり「警笛を鳴らすひと」であって、みなのために危険を知らせたという意味だ。ここには犯罪の要素がない。

ヴァヌヌさんは自分の国が相手であるために罪人とされた。人類にとっては罪人ではない。

11年誰とも話せず、24時間電気がこうこうと灯って時刻もわからない生活が続いた。その間に世界ではヴァヌヌさんの釈放を求める動きがひろまった。イスラエル国内でさえも支援のグループができた。獄中でヴァヌヌさんはイスラエルの市民権を放棄するという訴えを起こしたが、それは最高裁で却下された。

釈放とその後の扱い

18年の刑を終え、2004年にヴァヌヌさんは釈放された。このとき、会見でヴァヌヌさんが(わざと)英語で語ったのは「(イスラエルよ、オマエは)わたしを壊すことに成功しなかった。わたしをおかしくさせることにも失敗した」ということばで、イスラエルの非核化も訴えた。

釈放されたヴァヌヌさん(中央)

モルデハイ・ヴァヌヌさん(中央)2005年

しかし、ヴァヌヌさんは本当に自由になったのではなかった。刑期を終えたのちもヴァヌヌさんにはたくさんの禁止がついた。こういうもの。

・外国人と接触してはならない
・電話とインターネットは監視される
・チャットをしてはいけない
・携帯電話をもってはいけない
・(他国の)大使館や領事館に入ったり、近づいたりしてはいけない
・国境の500メートル以内に来てはいけない
・港に行ってはいけない
・イスラエルから出てはいけない

監獄から出てもあまり変わらないんですけど。。。という内容だ。移動と発言の自由が奪われている。イスラエルはヴァヌヌさんがさらなる国家機密をもらす可能性があるとしているが、ヴァヌヌさんが知っているのは18年前の情報であって、もう古びている。

この制限がついても、ヴァヌヌさんは平然と破りまくり、なんども裁判になっている。じっさい、友だち(日本人)はエルサレムのホテルでヴァヌヌさんと偶然会って話をしたと言っていた。「一度、日本に行き、広島と長崎を必ず訪れたい」と語っていたという。国籍を捨てるという企てもなんども行ったが、許されなかった。それでも、けっして屈しないひとだ。ヴァヌヌさんがまだ破れていないのはイスラエルから出ることで、ノルウェーがヴァヌヌさんを出国させるように働きかけているのに実現していない。2004年の釈放からすでに12年、いつまでこの状態が続くのだろう?ヴァヌヌさんは広島と長崎を訪れることができるのだろうか

イスラエルは国にとって一番不要な人物を国から出さない。なんとも逆説的な状態だ。そして、核を持っているとも持っていないとも明らかにしない態度を今も取り続けている。この態度を許している世界の大国がどこなのかはいうまでもない。

—-オバマ米大統領が広島を訪れる前日に。

CC BY-NC-ND 4.0 This work is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-NoDerivatives 4.0 International License.