性別からはみ出す、ということ

帽子をかぶった青い髪の女性?が金髪の後ろ姿のひととキスをしいているような画像

 私は幼少期、自分の「性別」というものを意識したことがなかった。お風呂は母とも父ともおばあちゃんとも入っていたし、トイレはただ一つだけ。弟と妹が男の子と女の子だというのは分かっていたけど、何故か自分の性別は先送りだった。
 

 それが覆されたのは、厳格なカソリックの幼稚園に入れられて。私の制服はグレーのミニスカートと白いブラウス、白いタイツ、黒いエナメルシューズ。そしてトイレは男女別の女の子用。それが人生初めての晴天の霹靂(へきれき)事件。なんで全ての人は女/男に分かれていて、それを何の疑問もなくすんなり受け入れられるのか。女/男以外の人はいないの?
 

 小学校でも児童は女の子グループ、男の子グループに分かれている。私は基本的にはどこにも属さず、毎日その日の気分で。今から思うと、周りから見たらさぞかしけったいな子どもだっただろう。
 

 そんな時、確か小学校中学年くらいに少女漫画でインターセックスを描いたものと出逢う。その当事者は中高生くらいでそれまで自分が属していた性別と違う発達が起こって、別の性別を選んで生きて行くという話。だから、私は自分がインターセックスだと信じていた。初潮は高校生になっても来ない。やっぱりそうだという確信が高まる。でも、高校1年の最後に流血(苦笑)。ガラガラとファンタジーが崩れ、「女」という逃れようのない烙印(らくいん)を押されたように感じた。
 

 当時、メディアを賑わしていたのはニューハーフ。つまり男→女の人ばかり。男からどちらでもないものへの転換者はいない。まして、女→男、あるいはどちらでもないものへの情報は全くなかった。
 

 大学の時、自動車学校で今で言うとFTM(female to male、女から男)の子と出逢う。一人称が「俺」のその子と仲良くなったが「お前は男か女かどっちか決めないとダメ。俺は男として生きて行く」と言われ、なんでどっちかに決めないといけないのか分からない、と答えた記憶がある。多分、その子は当時も男性ホルモン投与をしていたと思うが、その後、性別適合手術を行い、GID(性同一性障害)特例法によっていち早く「男性」となって生きているんだろうなと思う。
うつむいて顔に手を当てている男性の横顔

 私に転機が訪れたのは25歳の時、MTF(male to female、男から女)で女を愛する女=レズビアンの人との出逢い。彼女はどこからどう見てもフェミニスト女性。女に変わる男性はみな男性が好きなのかと思っていた私は、自分の狭い見識が恥ずかしかった。そして、その後、MTFTX(男から女になりたいけど実際はどちらでもない)24時間男装のゲイの人との出逢い。つまりMTFになりたいけど、性的にはゲイ男性が好きだから、身体はそのまま、気分としては24時間男装してゲイコミュニティにいる人。二人とも私と元の性別は違うけど、感覚的には私と近い。
 

 だから、私も性別からはみ出すため、男性ホルモン投与をしようと決める。はるな愛が全身手術したクリニックで気軽に通えそうなところがあったので、そこで診察を受ける。すると男性ホルモンの副作用として、月経が止まる、声変わりする、髭が生える、身体が筋肉質になる、と説明を受け、その日のうちに注射して帰って来た。それからは診察は一度もなく、2週間に一度注射のために通うだけ。ここで手っ取り早く、胸の切除をしたり、MTFの性別適合手術が受けられるようだが、それはリスクが高そうなのでする気はしなかった(爆。
 

 でも、ホルモン投与するだけなら手軽で気楽。自分の身体がみるみる変化して行くのも旅しているようで楽しい。私はその変化を第三次性徴と言っていた。
 

 結局、今、私は胸の切除は受けたが、性別適合手術はしていない。日本では適合手術を受けて、二人の医者が証明しないと、戸籍上の法的性別変更も無理。私の証明書は全部「女性」。私は生まれた時「女」に分けられた。その歴史は変えられない。だから、あえて変えずに「常識」からはみ出し、人を攪乱(かくらん)して生きたいと思う。

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