戦争のかたち その1 北野勇作『かめくん』

『かめくん』書影 グレイにオレンジ色で書かれた少女が振り返っている

 北野勇作(きたのゆうさく)の『かめくん』(河出文庫)はとても不思議な小説だ。かめくんはクラゲ荘という木造二階建てのアパートに住んでいる。アパートの管理人、ハルさんには「なんだ、カメかい」なんて言われもしたけど、入居できたのは、ちゃんと仕事をしているからだ。ふだんは倉庫作業員としてフォークリフトを操作しているが、ときに木星からの荷物に紛れ込んでくる巨大生物ザリガニイと戦ったりもする。仕事帰りには、駅前の商店街で買い物をする。休みの日には図書館に行く。図書館にはミワコさんがいる。レプリカメの研究をしているミワコさんにかめくんはときどき協力する。
 

 レプリカメ。かめくんはそう呼ばれている。かめくんの甲羅がシリコンとセラミックでできているということを教えてくれたのは、ミワコさんだ。ほのぼのとしたかめくんの日常にときおりこりこりした硬いものが現れ、次第に『かめくん』の世界が見えてくる。本物と偽物のテーマを追求したフィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』への言及があることからもわかるように、やはり『かめくん』はしっかりSFなのだ。かめくんの記憶にはプロテクトがかけられていて、かめくんは昔のことを思い出せないが、小説を読み進むにつれ、レプリカメは木星での戦争に投入される兵器であることがわかる。
 

 木星での戦争の目的は何なのか、現在も進行中なのか、それとも終わっているのか。また、ときおり現れる宇宙生物は、木星での戦争に関係があるのか。日常の中に悪夢のように潜む宇宙生物との戦いは、電気工事か何かを装ったかたちで時や場所を選ばず行われているようだ。断片的な情報が与えられはするものの、『かめくん』の世界の全体像は不明のままだ。というより『かめくん』の世界のありようは、読み進めば進むほど、現実なのか現実とよく似た何か別のものなのか、その区別がつかなくなっていく。全体像は見えないが、そのほうがずっとリアルに感じる。『かめくん』の世界では、遠くの戦争が日常性に対比されるのではなく、戦争が日常に溶け込んでいる。
 

「そういうふうに出来ている。そういうふうに作られた」かめくんはつぶやく。レプリカメであるかめくんに自由な意思決定はない。木星戦争に従事していたようだが、その記憶も消去されている。戦争をする主体に自由な意思は認められない。これは伊藤計劃(いとうけいかく)の『虐殺器官』にも通じるテーマである。しかし、冒頭から激しい戦闘がくり広げられる『虐殺器官』とはちがい、『かめくん』の世界はあくまで物悲しい。
 

ビニールでできたカメのおもちゃで遊ぶ水の中の子ども

 2001年日本SF大賞受賞作。

作者・北野勇作は大阪在住。『かめくん』の舞台も大阪で、通天閣をはじめ万博記念公園、中之島図書館らしき公園や図書館も出てきて、大阪を知ってる人はさらに楽しめるかも。

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